サンプル投稿3

 そこで猿は花火というものが、どんなに大きな音をして飛出すか、そしてどんなに美しく空にひろがるか、みんなに話して聞かせました。そんなに美しいものなら見たいものだとみんなは思いました。
「それなら、今晩山の頂上に行ってあそこで打上げて見よう」と猿がいいました。みんなは大へん喜びました。夜の空に星をふりまくようにぱあっとひろがる花火を眼に浮べてみんなはうっとりしました。
 さて夜になりました。みんなは胸をおどらせて山の頂上にやって行きました。猿はもう赤い蝋燭を木の枝にくくりつけてみんなの来るのを待っていました。

 女の人が、総体経済家で、きれいずきで、家政的に育て上げられているのは、一寸傍から見れば、共に生活する男の人の幸福のようだが、右を向いても左を向いても、母、妻、姉妹皆同一の型でちんまり纏っているとうんざりと見え、京都の男は遊ぶ。
 遊びの場処も、亦伝統で都合よく出来ているというが、そのように都合よく遊べる場処にする丈、遊び熱が、京男に強いと云えよう。心理的に原因をさがすと、家庭の女性が余りドメスティケートされすぎ、極端に云うと永代女中頭みたいな点。都市の活動が緩慢で、時間と精力にゆとりがある故。――全く少し感情の強い現世的な人間が、あの整った自然の風景、静かな平らな、どこまでも見通しの利く市街、眠たい、しきたりずくめの生活に入ったら、何処ぞでグンと刺戟され情熱の放散を仕たいと切に望むだろう。そういう超日常を欲する心を、一いきに、古都の宝である芸術鑑賞にむけるだけの精神力の活溌さは概して失われているらしい。京都人は男も女もリアリストと思う。

 赤とんぼは、三回ほど空をまわって、いつも休む一本の垣根の竹の上に、チョイととまりました。
 山里の昼は静かです。
 そして、初夏の山里は、真実に緑につつまれています。
 赤とんぼは、クルリと眼玉を転じました。
 赤とんぼの休んでいる竹には、朝顔のつるがまきついています。昨年の夏、この別荘の主人が植えていった朝顔の結んだ実が、また生えたんだろう――と赤とんぼは思いました。
 今はこの家には誰もいないので、雨戸が淋しくしまっています。
 赤とんぼは、ツイと竹の先からからだを離して、高い空に舞い上がりました。

 むかしの人たち、と云っても日本へ写真術が渡来して間もないころの人たちは、写真は、仕掛けでひとがたがとられるのだから、それだけ寿命がちぢまることだと、こわがった。きょうでの笑話だけれども、科学の力はうそをつかないと思いこんでいたところに、心がひかれる。素朴なわたしたちのもののうけとりかたのなかには、写真についてそう思いこんでいるそのことを、さかてにとられるチャンスもある。きょうの写真のおそろしさには、そういう科学の逆用がしのびこまされている。同時に、写真のまともな機能も、ずいぶん拡大された。社会のあらゆる場面の報告者。人生の各断面の語りて。写真がますます生活についたものとして扱われて来ていることは面白い。

みんなの顔の
耳たぶの
耳環もうつつてをりました。

誰かお花を
落したら
うつつたお空がゆれました。

カヤナの村の
井戸の水
ゆうべはじめて湧きました。

 随分昔のことであるけれども、房州の白浜へ行って海女のひとたちが海へ潜って働くのや天草とりに働く姿を見たことがあった。
 あの辺の海は濤がきつく高くうちよせて巖にぶつかってとび散る飛沫を身に浴びながら歌をうたうと、その声は濤の轟きに消されて自分の耳にさえよくきこえない。雄大な外洋に向って野島ケ崎の燈台が高く立っている下の浜辺にところどころ燃き火をして、あがって来た海女のひとたちのひとむれが体を温めたりしていた。燃き火のまわりで、子供におっぱいをやっているひともあったりして、そのきっちりと手拭でくくられた頭の上に大きい水中眼鏡がのっている。天草とりの日の浜じゅうの大さわぎや、大きい天草のたばをかついで体を二つに曲げて運んでいる女の活動も、思い出されて来る。
 湘南あたりの浜で、漁船が出てゆくときまたかえって来たとき、子供もいれてそのまわりに働く女の様子も印象にきざまれている。
 ヤアヤアというような懸声で舟のまわりにとりついてそれを押し出してゆくときの海辺の妻や娘たちの声々。それからまた西日が波にきらめいているような時刻、黙って一生懸命な顔で、かえって来た舟を海から陸の砂へ引き上げようと力を出して働いているときの女たちの姿。