若杉鳥子の小説その3

 先週中に四月九日から五月二日までの手紙が連日のようにやって来た。しかも君が投函するのとは反対の順序で、つまり一番古い四月九日のが最近に手に入った。だから返事したいことも沢山あるのだが、一々書いていられない。残念ながら何時ものように出てから緩(ゆ)っくり話してやろうと思って我慢するより仕方がない。マジョール湖の絵葉書は、表も裏も面白かった。またあんな絵葉書にそしてあんな報告を書いたのをくれ給え。
 僕が君に忠告したいことは君が本ばかりでなく、「事実」に注意して欲しいということだ。例えば市電の争議についても、電柱のビラを見て感激している奴はいても、その「要求」について真面目に研究をしている奴は割に少ない。ヒドイのになると、市電の職場が運輸とか、車庫とか、被服工場とか色々に分かれていて、それぞれの問題があることすら知らない奴がいる。総同盟や組合同盟にどんな組合が所属しているか(つまり***の***でも知ってるようなことすら)知らないマルクス主義者がいる。それ等の人々は現実に対する真面目な興味の欠けてることを示している。(大山郁夫がそれだったように)君はそんな風なマルクス主義者になってはならないし、又如何に上手に組み立てられていても、そうした事実を知らない人に対しては、その議論を絶対に信用してはならないのだ。

 その日は暮の二十五日だった。
 彼女は省線を牛込で降りると、早稲田行きの電車に乗り換えた。車内は師走だというのにすいていた。僅かな乗客が牛の膀胱みたいに空虚な血の気のない顔を並べていた。
 彼女も吊皮にぶら垂ったまま、茫然(ぼうぜん)と江戸川の濁った水を見ていたが、時々懐中の金が気になった。
 彼女はこれから目的の真宗の寺へ、その金を持ってゆかなければならなかった。
 その金というのは、この春死んだ彼女の祖母が、貧しい晩年にやっと残しえた唯一の財産だったが、祖母の死後、親戚は大勢集まってその金の処分に就いて評議しあった。その結果、金は永代経料として、祖母の埋まった寺とは無関係な、ただ遠い祖先の墓があるというだけの目白の寺へ納める事に決められた。彼女はまだその寺へ一度もいった事がなかった。
 然しその金が彼女の手に渡るまでには、かなり永い時日が経った。それは親戚の誰彼の手をカルタのように廻っていたからだ。[#底本では「、」と誤記]そして皆が持ち扱った末、とうとう彼女の処へ廻り廻って来たのだった。
 その寺は、徳川何代将軍とかの妾によって建立されたものとかで、楼門を入ると、青銅の屋根を頂いた本堂の前には何百年かの年月を思わせるような大きい蘇鉄が、鳶色の夕陽を浴びている。

 みを子が会社を馘(くび)になってから、時々、母親の全く知らない青年が訪ねて来た。
 朝早くやってくることもあれば、昏れてからくることもあった。青年は一度でも、「こんちは」とか、「御めん下さい」とかいったためしがない。人の出てくるまで、のっそりと土間の隅に立っていた。
「みをさんいますか?」
 ただそれだけいった。額の高い、眼の黒い、やや猫背の男――しかし一度、会った人は忘れないであろう印象の強い男だ。
 みを子は、その青年と二三分立ち話をして引ッ込んでくることもあれば、一緒に出て行って長いこと帰らないこともあった。
「あの人、何処(どこ)の人だえ?」
 母親が何気ない風をしてきくと、
「もと、会社にいたひと。」
 みを子も何気ない風にこたえた。
 だが、会社員という風でもない――と母親は思った。学生のようでもあり、労働者のようでもある。その実、いつもキチンと背広にネクタイを結んでいる。
 母親は何故かその青年を虫が好かなかった。その男がやってくる度に、娘を少しずつ自分の手からむしり[#「むしり」に傍点]とってでも行くような気がした。