若杉鳥子の小説その2

 そういった工合で決して夜雨氏を訪ねる希望が果たせないのだった。
 その中にとうとう私は夜雨氏の信用を失ってしまった。余り度々師を失望させたからだ。
 乗合自動車は街を出外れると、細い田舎道を東へ東へと疾駆した。動揺の激しい時は、車ごと水田の中に抛り出されそうになった。
 麦の穂を渡ってくる青い風は、何という新鮮な野の匂いを誘ってくることだろう。
 道の曲がり角、曲がり角には、道しるべのように雨引観世音と刻んだ小さい碑があった。
 れんげ草の花が、淡雪のように春の野を埋めていた。
 停留所ごとに、小さい赤旗が百姓家の軒に顔を出している。手拭を冠った、野良着のまんまの農家の主婦が、裾をはしょって、急に自動車の行手に立ち塞がったかと思うと、右手を挙げて、「ストップ」と叫んだ。
 そしておかみさんは私の隣席へ腰かけた。私は今更のように、自分が故郷にいた頃からの時代の進展を見せられたように感服する。

 幼少の頃、将来汝は何に成るの? と能く聞かれたものでした。すると私は男の子の如に双肩聳やかして女弁護士! と答えました。それが十四五の時分には激変して、沈鬱な少女になって了いましたが、今は果たして違わず女弁護士と迄ならずとも、女新聞記者というお転婆者になりました。
 最初は、女権拡張論ぐらい唱え出す意気込みがあったかも知れませんが、どうしてどうして社会は私達に、そんな自由を与えて呉れません。
 自分の素養の足りない事をも顧みず、盲人蛇に怯じず的に、逆巻く濁流の渦中に飛び込んだので御座いました。
 今思い出すと、怖ろしさと恥ずかしさとに戦慄を覚えます。
 幾多の人の親切も誠意も、年老いた父母の涙をも、唯々自らの個性を葬る圧迫とのみ思いました。
 自由とか解放とか、然うした世界に憧憬して、煙のような夢の如な天地を想見して、遂に温かい父母の膝下を去ったのです。
 果たして自由の世界を発見する事を得ましたでしょうか。

 一ヶ月振りで君の手紙を見た。
 そしていつもそうには違いないが、特に昨夜の手紙には、いささか幸福を感じた。実際君は、誰に指導されなくても自分自身で、自分の思ったことを実行してゆけるようではないか。それならばそれが一番いいことだと僕は思う。だから是非そうして、しっかりやってくれ給え!
 それから君はKに就いて不備を洩らしているが、Kは僕にとっては事実いい友達なのだ。然し決して「同志」ではなかった。この事をよく考えなければいけない。戦闘的な労働者を見る眼をもってKを見ればもう、全然問題にはならない。だが[#底本では「だか」と誤植]兎に角彼は左翼運動に興味を持っている心掛けのよい紳士なのだ。ポケットに資本論を突っ込んで銀座をブラついて歩いたって咎めるわけにはいかない。Hについては問題にする方が間違っている。彼等にはそのつもりで交際してゆき給え。「宅下げ」は厨川白村二冊、「ドイツ語動詞変化表」の一冊。洗濯の事は心配しなくてもいいよ。監獄に来てまで毎日、「洗いたてのシャツ」をという約束の実行を迫る程俺も贅沢ではない。先月一日に城東道子という人が差し入れてくれた。僕にも見当がつくが、君が知っていたらよろしくいってくれ。
 俺のようにロクな仕事もしないでトッ捕まって不生産的な別荘生活をしているものにも、外の諸君が色々心配していてくれてることを思うと、赤面しないわけにはいかない。Aがまるで、シンボリストのような手紙をくれた。はっきり意味は解らないが、都会の騒音と歴史の機関車の驀進する轟音とを感じる事ができた。新しい革命的現実的象徴主義の芸術が、こんな処から発生しやしないか等と、馬鹿なことを考えた。――誰かホイットマンの詩集か、ヴェルハーレンの「触手ある都会」を持っていないか。字引き受け取った。有り難う。アドが変わるようだったら面会で知らせてくれ。